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のうがく図鑑



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バックナンバー(第12巻)

    久住の調査とカヤネズミの研究







    石若 礼子(農学部・ボランティア支援室・助教[畜産草地科学科連携教員])



    大分県の久住高原で、カヤネズミの生態や牧草地、放牧される牛の群れについて、2000年くらいから調査を始めました。高原に広がる草地(そうち)はとても広くて起伏があり、向こう側のはじっこがよく見えません(図1)。久住の牧野(ぼくや)には、牛を放牧する草地、干し草を作るための草地、春に焼く草地、スギやヒノキ、カシワ、ノリウツギ、クヌギなどの林があります。季節ごとににおいがあって、3月はススキやネザサの燃えるにおい、5月や7月は刈られた草が乾いていくにおいがします。夏の暑い日には、音が聞こえてきそうなほどの草いきれを感じますし、冬の降雪時、雪の上の真新しいキツネの足跡を追っていると、白い景色と静寂の中、雪のにおいに混ざってキツネやノウサギ、テンたちのにおいがかすかに漂います(図2)。

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    図1. 大分県久住高原の牧草地
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    図2. 雪上のキツネの足跡

     牧野では、カヤネズミやヒメネズミ、アカネズミなどのネズミ類、コウモリ類、アナグマやテン、イタチ、タヌキ、キツネ、猛禽類や草原性の野鳥などの野生動物たちのくらしと、エヒメアヤメやヒゴタイなどの希少植物の生息が、農家さんたちによる農業の営みによって守られています。久住の農業は、重機や化学肥料などが使われていて、ほかの地域と同じように近代化されています。生物多様性を保全しようとする意識を特に持たない農家さんたちが普通に農業を営んでいるにもかかわらず、野生動植物の生息場所がきちんと保全されているこの場所は、私の理想空間の一つです(図3)。


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    図3.牧草の収穫作業.
    草から飛び出すネズミを狙ってトビやキツネが現れる

     牧野のカヤネズミ(図4)は、春は牧草地でイタリアンライグラスの穂や葉、昆虫を食べています。でも、カヤネズミは体が小さくて食べる量が少ないので、カヤネズミが牧草を食べても農家さんたちは気づきません。春先に焼かれたススキが、牧草が刈り取られる5月頃にはかなり大きくなっているため、カヤネズミは、牧草の刈り取りと同時に隣接するススキの群落に移動します。その後、牧草地の草が再び大きくなるとまた牧草地に移動、というように、初夏から秋は移動を繰り返して過ごします。冬は、立ち枯れたススキの群落の地表に巣をつくって寒さをしのぎます。カヤネズミは、イネ科植物の群落の高い位置に直径8~10㎝の丸い巣をつくることでよく知られていて、そのため「カヤネズミのつくる巣はすべて丸くて高いところにある」と思っている人が多いのですが、巣のかたちや位置は、実は時期や用途によってさまざまなのです(図5)。


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    図4. カヤネズミ.
    おとなしく, 日本に住む齧歯類の中で最も小さい
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    図5.

     カヤネズミは、イヌ科以外の哺乳類で「吐き戻し」をすることが確認されている唯一の動物です。私は、大学院生の頃、そのことに気がついて、カヤネズミの行動を観察し、検証して論文にしました。哺乳類ではイヌ科の数種に特有と考えられていた吐き戻しは、そのときからイヌ科に特有の行動ではなくなったのです。自然や生物を自分の目と耳でじっくり観察し、感じとった自分の発見を検証するような経験を、学生さんたちにもしてもらえること、大学がその経験を支え助ける存在であってくれることを心から願っています。




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