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のうがく図鑑



のうがく図鑑

内容:教員や職員の経験や知識をもとに、教育や研究のおもしろさ、楽しさ、喜び、達成感、苦しみ、悩みなどについて語ります。
著者:農学部・教職員


まえがき

     大学の先生は、とにもかくにも、忙しい。研究費の管理、物品発注、旅費の請求、各種調査依頼に対する対応、自身の評価書の作成や研究室の掃除などの個人的な業務のほかに、大学や学部の管理運営まで、教授から助教まで多少の仕事の違いはあれど、おおむね等しく忙しい。最近は、これに加えて、地域の中核拠点として、産業や教育の活性化を目的とした地域への貢献も重要な仕事になっている。従って、夜遅くまでの勤務や土日の出勤もいとわない。世間で言うところのブラック企業といわれても仕方がない。このような状況で、文句も言わず(よく耳にはするが)、声高に叫ばないのには訳がある。このような苦労をしても、やりたいことや守りたいことがあるからである。それは、大学としての本来の仕事、つまり教育や研究にほかならない。そこに、研究の楽しみや喜びがあり、学会発表や論文執筆を通して世間に知らしめる達成感がある。また、それらの面白さを学生に伝える教育の醍醐味を味わえるからこそ、苦労をいとわないのである。幸いにも、宮崎大学農学部は、農学、それは、あらゆる分野を含む総合科学であり、基礎研究から応用研究まで幅広く教育や研究を扱っているので、いろいろな分野で奮闘している教員や職員の話題にはことかかない。教育や研究の楽しさ、喜び、おもしろさ、悩みや苦しみなど、教員や職員の経験や知識を元に興味ある物語を提供してくれるものと期待している。
     最近、高校生の理科離れや日本人の博士課程大学院生数が減少している現状がある。この要因の一つとして、本来の科学することの面白さや大学での教育の楽しさが、進学を考えている中学生・高校生に伝わっていないためではないかと考えている。本企画を通して、宮崎大学農学部に入って教育を受けたい、研究をやりたい、そして将来の職業の選択枝の一つとして研究者を目指したいという若者が一人でも増えることを期待している。


    農学部長 香川浩彦


最新巻

    海で育んだ巨大ヤマメ







    内田 勝久 (農学部・フィールド科学教育研究センター(延岡)・教授)



     私は、川と海を行き来し、大海原を回遊するサケやウナギに大いなるロマンと魅力を感じ、研究の世界に飛び込みました。これまで、サケやウナギが環境に適応し、大きく成長し、繁殖して子孫を残す仕組みについて研究を進めています。今日お話しするヤマメはサケの仲間に属し、北海道や本州北部では、海に降る個体は「サクラマス」と呼称され、その生涯を河川域で過ごす残留型個体(ヤマメ)と区別されます。一方、九州山系に生息するヤマメは、すべて河川残留型(陸封型)であり、内水面での養殖魚として親しまれ、特に、宮崎県五ヶ瀬町産のヤマメは、県の水産ブランド品認定第6号“五ヶ瀬やまめ”として育まれ、食されています。ヤマメの増養殖事業においては、冬季の低水温による成長停滞が大きな課題ですが、宮崎県沿岸域では、冬にサケ科魚類を養殖可能な至適水温(14~19℃)が整っています。従って、冬季の温暖な海水を利用し、宮崎方式の「ヤマメ」海面養殖技術が確立できれば、魚体の成長継続による大型化が期待できます。
     私たちは、2014年の秋から、陸封型ヤマメのなかに海水適応能力を持った個体がいないかを調査しました。初秋になり水温低下と短日化が進むと、ヤマメ模様の明瞭な個体(非銀化個体と呼ぶ)に交じって、体表がわずかに銀白色化する個体(銀化個体)が出現します(図1)。両者を区別し、少し薄めの海水(50%と70%海水)で数日間馴らせた後、完全海水(100%海水)中で試験飼育を開始したところ、非銀化個体は、希釈海水で馴らしても、100%海水中では生存できないが、銀化個体は、希釈海水で数日間馴らせば、約8割が100%海水中で生存でき、銀化個体が海水養殖に使える個体であることが判りました。その年の12月には、銀化ヤマメ1万尾を延岡市沿岸に運び、翌4月中旬まで約8千尾が海面養殖できました。その間に、ヤマメの体重は約10倍に増え、巨大化することが判明しました(図2)。海で育んだ巨大ヤマメは“みやざきサクラマス”と名付けられ、宮崎県の新しい地域ブランド魚として、県北部沿岸域での生産体制が整いました。みやざきサクラマスの魚肉は、ほんのり桜色を示し(図2)、試食会等でのアンケートでは、“美味しい”、“脂がのっている”と好評です。また、本州以北で採捕される天然サクラマスは、通常、寄生虫などの問題から生食できませんが、みやざきサクラマスについては、これまでの食品検査機関の調査において、アニサキス(寄生虫)などが確認されておらず、魚肉はお造りやお寿司などとして安心して食べられます。また、ヤマメに比べてサクラマスの筋肉中の脂質含量や、生活習慣病や血管疾患の予防によいとされる不飽和脂肪酸(オレイン酸、DHAなど)の含量も増加します。つまり、脂ののったまろやかでやさしい味のお肉は、“食べて美味しく、健康に良い”のです。


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    図1. 五ヶ瀬産ヤマメの非銀化個体(左)と銀化個体(右)

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    図2.海水で育てた巨大ヤマメ(左写真の下段)と淡水で育てたヤマメ(左写真の上段)
    右の写真は、みやざきサクラマスのお刺身:魚肉はほんのり桜色で美味しいです。

     一方、みやざきサクラマスは水温が19℃を超えると海水で養殖できないため、海水温が上昇する4月中旬には商材として出荷するほか、陸送により冷たい伏流水が豊富な五ヶ瀬水系に戻され、内水面での養殖を再開します。これまでのところ、海水養殖サクラマスを直接淡水に入れても適応可能なこと、海で築き上げられた脂ののりや脂肪酸含量に大きな変化は認められず、淡水養殖中のサクラマスも美味しく食せることが判っています。また、梅雨の頃から徐々に卵巣が発達し、10月になると黄金色のイクラが採卵できます。海水養殖をしたサクラマスの魚卵は、終生を淡水で過ごしたヤマメと比較して、卵径が1.3倍に、採卵数は約7倍に増え(図3)、五ヶ瀬産ヤマメの海面養殖は、魚肉だけでなく、魚卵の生産性も飛躍的に増大させます。


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    図3.みやざきサクラマスの採卵の様子(左写真)と黄金色のイクラ(右写真の右側)
    サクラマスの卵は、ヤマメ(左側)に比べ卵径が大きく、採卵数は約7倍であり、大粒の卵がたくさん採れます。

     この様に、ヤマメの種苗生産から海面養殖(サクラマス化)、採卵を見据えた内水面養殖を継続する循環型サクラマス養殖は、世界的にも珍しい取組みです。地域発のブランド魚の生産性を上げるための基礎研究と応用技術の開発、地域の活性化を見据えた魚肉や魚卵、それらの加工品の販売網の整備や生産コストの軽減など、まだまだ取り組むべきことはたくさんあります。“サクラ咲く頃のみやざきサクラマス、もみじ色づく頃の黄金色のイクラ”を合言葉に、日本最南限のサクラマス養殖を産業として大きく発展させ、近い将来、九州にサケ食文化が築けるように、これからも日々、研究を進めたいと考えています。


     

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