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のうがく図鑑



のうがく図鑑

内容:教員や職員の経験や知識をもとに、教育や研究のおもしろさ、楽しさ、喜び、達成感、苦しみ、悩みなどについて語ります。
著者:農学部・教職員


まえがき

     大学の先生は、とにもかくにも、忙しい。研究費の管理、物品発注、旅費の請求、各種調査依頼に対する対応、自身の評価書の作成や研究室の掃除などの個人的な業務のほかに、大学や学部の管理運営まで、教授から助教まで多少の仕事の違いはあれど、おおむね等しく忙しい。最近は、これに加えて、地域の中核拠点として、産業や教育の活性化を目的とした地域への貢献も重要な仕事になっている。従って、夜遅くまでの勤務や土日の出勤もいとわない。世間で言うところのブラック企業といわれても仕方がない。このような状況で、文句も言わず(よく耳にはするが)、声高に叫ばないのには訳がある。このような苦労をしても、やりたいことや守りたいことがあるからである。それは、大学としての本来の仕事、つまり教育や研究にほかならない。そこに、研究の楽しみや喜びがあり、学会発表や論文執筆を通して世間に知らしめる達成感がある。また、それらの面白さを学生に伝える教育の醍醐味を味わえるからこそ、苦労をいとわないのである。幸いにも、宮崎大学農学部は、農学、それは、あらゆる分野を含む総合科学であり、基礎研究から応用研究まで幅広く教育や研究を扱っているので、いろいろな分野で奮闘している教員や職員の話題にはことかかない。教育や研究の楽しさ、喜び、おもしろさ、悩みや苦しみなど、教員や職員の経験や知識を元に興味ある物語を提供してくれるものと期待している。
     最近、高校生の理科離れや日本人の博士課程大学院生数が減少している現状がある。この要因の一つとして、本来の科学することの面白さや大学での教育の楽しさが、進学を考えている中学生・高校生に伝わっていないためではないかと考えている。本企画を通して、宮崎大学農学部に入って教育を受けたい、研究をやりたい、そして将来の職業の選択枝の一つとして研究者を目指したいという若者が一人でも増えることを期待している。


    農学部長 香川浩彦


最新巻

    口蹄疫の無い世界を目指して










    山崎 渉 (農学部・獣医学科・准教授)



    「獣医師」という言葉からは「動物を守るお医者さん」というイメージを持っている人が多いと思います。私も獣医師なのですが、直接、動物の治療はしていません。動物感染症によって犠牲になる動物や傷つく飼い主さんが少なくなることを目的とした感染症制御の研究をしています。

    2010年、宮崎県は家畜の感染症である「口蹄疫」の被害に苦しみました。感染拡大防止・封じ込めのために29万頭余の家畜が殺処分されざるを得ませんでした。莫大な犠牲を払いながらも、日本は口蹄疫の清浄化に成功しました。しかし、アジア・アフリカ諸国の多くでは、現在も口蹄疫が蔓延しており、日本国内への再侵入が危惧されている状況にあります。ある国には存在しておらず(清浄国)、海外から侵入してくる病原体(細菌やウイルス等)が引き起こす口蹄疫のような疾患を「越境性感染症」と総称します。多くの越境性感染症は病原体に汚染された畜産資材(稲わら・飼料等)、食肉ならびに感染個体の輸入や密輸等により、海外から清浄国にもたらされます。ひとたび侵入を許し、適切かつ迅速な防疫措置がなされなければ、獲得免疫を持たない家畜集団内で越境性感染症は急速に感染拡大してしまいます。

    私たちの住む世界では、ヒト・モノ・お金・情報の国境を越えた流動化が進んでいます。このようなグローバル化には、政治統合の推進、経済活動の国際的分業による生産性の向上といった利点がある一方で、地球規模の環境問題、テロリズムならびに越境性感染症の侵入機会の増加といった負の側面も持っています。獣医学分野の一例を挙げます。かつて「アフリカ豚コレラ」はサブサハラに限局した疾患でしたが、南アフリカからジョージア(旧国名:グルジア)に寄港した貨物船が汚染塵埃を不法投棄したことにより、東欧・ロシアに感染拡大してしまいました。2017年7月現在、シベリア最大の都市イルクーツクでの発生が確認されており、日本を含むアジアへの侵入が危惧されています。同様の背景で口蹄疫を含む様々な越境性感染症が世界に拡散しています。越境性感染症は人の過ちによって広がってしまった災害ですから、人の英知によって解決をしなければいけません。世界から根絶に成功した病原体が2つだけあります。人の感染症である天然痘と家畜の感染症である牛疫です。いずれも国際協力体制下でのワクチンネーションの徹底、感染個体の早期診断等の施策により根絶されました。同様の手法でポリオ根絶の取組みが着々と進んでいます。

    病原体が容易に国境を越えて拡散してしまうので、獣医師も国境を越えて対抗しなければならないと常々考えています。そこで、学内はもとより、国内外の様々な研究機関・行政機関・民間企業の協力をいただき、感染個体の早期診断技術開発のための研究をしています。写真は口蹄疫の野外診断技術評価を目的とするタンザニアでのフィールドワーク風景です。(日本国内で開発した診断技術の精度は、標的病原体が蔓延している現地でのフィールドワークによって、評価する必要があります。)洪水で農家に行く道路がなくなり人力で機材を運ぶ、停電や断水で実験室内での解析が中断するといった小さなトラブルは時折ありますが、嫌な思いをすることはひとつとしてありません。日本国内で試作した診断技術の有用性を現地で実証でき、その成果を現地の共同研究者と共有する時の喜びはとても大きいです。越境性感染症による悲惨な被害が繰り返されることの無いよう、研究成果を社会に還元して国内再侵入に備えていきたいと考えています。世界から4番目に根絶される感染症が口蹄疫であってほしいと心から思っています。

    こんな獣医師もおります。


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